大企業へ新規事業を提案するときは、製品や技術の評価に加えて、相手の社内で誰が継続を支え、何を条件に判断し、誰が事業を引き受けるかを確認します。担当者が提案を評価していても、この三つが未定なら、検証の結果が出た後に次の仕事を決めにくくなるためです。
イノベーション総研の調査では、大企業の新規事業を事業化へ移す際の障壁として、経営層の後ろ盾、判断基準、人材・組織の不足が上位でした。ベンチャーとの協業だけを調べた数字ではありませんが、相手の社内で確かめたい条件を考える材料になります。
この記事では、創業間もないベンチャーの経営者が、相手の事情を決めつけずに提案と面談へ反映できるよう、調査の読み方と確認する質問を整理します。
目次
事業化の障壁は、後ろ盾・判断基準・人材の順で上位だった
大企業の担当者が新規事業を前へ進めるには、担当者自身の関心だけでなく、会社として続けるための条件が必要です。調査では、技術評価と並行して確認したい組織上の課題が上位に挙がりました。
イノベーション総研は、従業員1,000名以上の企業で、過去5年以内に新規事業を主導・推進、または承認・判断した888名に、検証から事業化へ移る際の障壁を尋ねました。回答者が大きいと考えた障壁を3位まで選んだ割合で、上位三つを比較しています。
出典:イノベーション総研「新規事業の実態と意思決定に関する調査」(2026年4月、n=888、調査実施:株式会社マクロミル)。各項目を3位以内に選んだ回答者は、順に253名・246名・206名。全888名を分母とし、小数第1位に四捨五入。項目名は意味を保って短縮しています。
この結果は、ベンチャーとの協業の失敗率や、特定の支援会社を使う効果を示すものではありません。事業化への移行を経験していない回答者も分母に含む、新規事業全般の自己申告です。
イノベーション総研は、この順位を、製品の評価だけで面談を終えないための点検材料と考えます。相手が「良い技術ですね」と言った後に、社内で何をそろえれば次へ進めるかを聞くことが、提案の使い道を具体的にします。
後ろ盾の不足には、誰が継続を判断するかを聞く
担当者から応援されていても、担当者が継続の予算や人員まで決められるとは限りません。次の段階へ進む際に、誰へどんな説明が必要かを確認します。
ただし、初回面談で「経営層の承認は取れていますか」と迫る必要はありません。探索の段階では、担当者が実行可能な小さな仕事から始められる場合もあります。確認するのは、今回の提案でどこまで決めたいのか、その判断をする人は誰かという点です。
質問は「今回の検証結果が出たら、次の進め方はどなたと相談する予定ですか」と、具体的な次の仕事に沿って聞けます。役員への説明が必要なら、相手の事業方針との関係や、今回の検証で判断できることを資料へ入れます。
会社の重点テーマに沿っているかも聞いておきたいところです。同じ製品でも、既存顧客への販売拡大を目指す案件と、新しい市場を探索する案件では、社内へ説明する理由が変わります。
先方の社内情報をすべて得る必要はありません。ベンチャー側の提案を、相手が判断する人へ説明できる形にするため、共有できる範囲を相談してください。
判断基準が未定なら、検証で決めたいことを一つに絞る
次へ進む条件が曖昧なまま検証を始めると、良い結果が出ても「もう少し調べたい」という話が続く可能性があります。提案する作業の前に、結果を受けて何を決めるかを一緒に整理します。
例えば、店舗スタッフ向けの研修サービスを提供するベンチャーを考えます。以下は説明用の架空モデルであり、実際の顧客や支援案件ではありません。
先方が確かめたいことが「スタッフが使い続けられるか」なら、利用する場面、管理者の確認作業、現場が協力できる範囲を検証計画に入れます。「全国展開できるか」まで一度に判断しようとすると、最初の検証に必要な人数や作業が増えてしまいます。
| 面談で出た言葉 | そのままでは分からない点 | 次に確認する質問 |
|---|---|---|
| 現場で使えそう | どの業務の、何を変えるか | 今の研修のどの作業を、最初に置き換えたいですか |
| 効果を見てから判断したい | 何を効果と考えるか | 利用状況・担当者の作業・費用のどれを確認できれば、導入検討へ進めますか |
| まず小さく試したい | 試す範囲と、試した後の判断 | 対象店舗と担当者はどう選び、結果はどなたが確認しますか |
質問への回答がまだそろわなければ、最初の仕事を現場担当者との面談や運用の確認に変えることもできます。検証を一式発注してもらうことだけを次の行動にせず、判断に足りない情報を得るための仕事を選びます。
検証の合格と本契約は同じ判断ではありません。利用の結果が良くても、予算、購買手続き、受入部署の準備が残ることがあります。検証結果を誰が受け取り、導入の条件は誰と確認するかを分けておくと、双方が何を決めたかを追いやすくなります。
人材・組織の不足には、事業を引き受ける部署を確認する
新規事業の担当者が窓口でも、販売や現場の運用を別の部署が担う場合があります。提案を実際の仕事へ変えるには、その部署が何を引き受けられるかを確認します。
架空の研修サービスなら、面談の窓口が新規事業部でも、店舗の参加調整は店舗運営部、研修内容の判断は人材育成部が担う形が考えられます。窓口の人に、別部門の仕事まで約束してもらうのではなく、まず必要な担当者と話せる機会を相談します。
「当社で必要な作業はすべて対応します」という提案は慎重に考えてください。ベンチャーが製品設定や利用支援を担えても、先方の社員への参加案内、社内システムの権限設定、研修運用の変更は、相手の協力が必要な仕事です。
提案書には、相手に依頼する作業も書きます。その仕事の担当者が未定なら、提案の前提として残し、作業を始める前に確認します。担当が未定であることを、相手に実行する意思がない証拠として扱う必要はありません。
人手が足りない場合は、対象を一店舗に絞る、既存の研修時間に組み込むなど、相手が引き受けられる仕事へ調整できます。ベンチャー側だけで追加作業を抱える前に、双方の負担と変更できる範囲を話し合いましょう。
三つの質問を、商談の検討メモに残す
調査の順位は、商談相手にそのまま当てはめる診断表ではありません。実際の会話で確認できたことと、まだ分からないことを分けるために使います。
次の表は、架空の研修サービスの担当者が面談後に整理する記入モデルです。空欄を埋めることが目的ではなく、次に誰と何を確かめるかを決めるためのメモです。
| 確認すること | 面談で分かったこと | 未確認の点 | 次の仕事 |
|---|---|---|---|
| 誰が継続を支えるか | 新規事業部の責任者へ検証案を説明する予定 | 導入検討を判断する人 | 窓口に、導入を検討する際の説明先を確認する |
| 何を条件に次を決めるか | 現場の利用状況と研修担当者の作業を見たい | 判断に使う結果と確認日 | 研修担当者を交え、検証で確かめることを絞る |
| 誰が事業を担うか | 店舗で試す案に関心がある | 参加店舗の調整担当者 | 店舗運営部へ相談できる面談を依頼する |
次の仕事が相手の社内確認なら、その回答を待つ間にベンチャーがどこまで準備するかも決めておきます。担当者も検証条件も未定の段階で、大規模な個別開発を進めないことが、限られた開発資源を守る判断になります。
反対に、相手の担当者、判断日、協力範囲が具体的になってきたなら、その条件で自社が対応できるかを検討します。大企業の事情を理解することと、すべての要望を受け入れることは別です。
調査の解釈を、相手が判断できる次の提案へ変える
この順位から、相手企業が実際に困っていることを決めつけることはできません。一方、提案の評価が良いのに進まないとき、製品の説明だけを増やす以外の問いがあると分かります。
企業むすびの見解:ベンチャーが担えるのは、大企業の社内政治を代わりに解決することではなく、担当者が次の判断を相談できる材料を一緒に作ることです。「後ろ盾」「判断基準」「人材」を、誰へ説明するか、何を決めるか、誰が引き受けるかという別の問いに直します。
例えば研修サービスのモデルで、現場の利用は良好でも人材育成部が運用を引き受ける予定がなければ、追加の機能テストでその不足は埋まりません。現場責任者との面談を設定し、導入後に発生する作業を見てもらう方が、次の検討に必要な情報になります。
反対に、受入部署と予算の検討先が決まり、製品の適合だけが残っているなら、検証の提案を進める段階です。すべての役員の支持を待つ必要があると、このデータを過度に慎重な判断へ使わないでください。
| 面談で分かった状態 | 次に提案する仕事 | 自社の準備の範囲 |
|---|---|---|
| 用途と利用部署が具体的 | 評価したい業務と結果を合わせた検証 | その範囲の見積・設定を準備する |
| 用途はあるが受入部署が未定 | 運用を担う部署との条件整理 | デモと作業説明までに絞る |
| 領域への関心だけで用途が未定 | 顧客や現場の課題を聞く面談 | 用途の仮説を用意し、個別開発は始めない |
| 社内で次を検討する予定がない | 情報交換を続けるか、今回の提案を見送るか相談 | 専用開発・人員確保の約束を増やさない |
これは調査の回答者を分類した表ではなく、研修サービスへ適用する編集部の判断モデルです。「誰が、何を条件に、どの部署で次を進めるか」が一つでも不明なら、その点を確認する仕事を提案へ入れます。
ベンチャーだけで分からないのは、製品の使い方より相手が動ける組織の条件である場合があります。相手の業務と判断体制を知る第三者には、会社名の紹介だけでなく、適切な説明先との接点や、社内へ持ち帰る材料の整理を相談する意味があります。調査はその支援の効果を証明していませんが、どの仕事を支援してもらうかは具体化できます。