大企業の稟議に使う資料では、自社の魅力に加え、先方が今回承認してほしい内容を明確にします。目的、依頼範囲、費用、双方の作業、終了後の判断を一枚に整理し、担当者が社内で説明できるようにしましょう。
稟議とは、担当者が提案内容を社内に回し、必要な承認を得る手続きです。会社や金額、案件の種類によって確認する部署や順序は異なるため、ベンチャー側が外から決めつけることはできません。
会社紹介の資料だけを渡して「社内でご検討ください」と頼むと、先方が判断に必要な情報を集め直すことになります。担当者と一緒に、今回の判断に足りない材料を特定することから始めます。
目次
稟議資料は、先方の判断から逆算する
最初に、担当者へ「今回の社内検討では何を決めますか」と聞きます。製品の購入、試験的な利用、共同事業に向けた調査では、承認に必要な材料が違います。
例えば、試験的な利用の承認が目的なら、その期間にどこで何を確かめ、いくら使うかが中心になります。まだ確認していない本格導入の効果まで断定して、最終的な購入を求める資料にしないようにしましょう。
経済産業省の「共創パートナーシップ 調達・購買ガイドライン」は、初期購買・検証に利用できる趣意書とモデル契約書を公開しています。大きな共同事業を一度に決める以外に、製品・サービスの初期的な購入と確認を具体化する方法があります。経済産業省「スタートアップ企業と事業会社の連携」
こうした資料をそのまま稟議書として使うのではなく、何を説明する必要があるかを考える参考にします。先方指定の様式がある場合は、その様式に合わせて内容を用意してください。
先に担当者へ聞くこと
資料を作る前に、次の点を確認します。社内規程の全体を聞く必要はなく、自社が準備すべき範囲が分かれば十分です。
- 今回は、購入、試験利用、共同検証のどれを判断する予定でしょうか。
- 資料を確認する部署や、追加の確認が必要な担当者はどなたでしょうか。
- 指定の様式、見積の書式、取引先登録に必要な情報はありますか。
- 次の社内検討までに、当社が準備すべきものは何でしょうか。
- 現時点で、懸念されている条件はありますか。
担当者が分からない項目は、分かる人に確認してもらうこと自体を次の作業にします。推測で「法務確認は不要」「この金額なら部長承認で足りる」と書かないことが大切です。
社内説明用の一枚は、七つの項目に絞る
一枚の役割は、判断の全体像をつかめるようにすることです。仕様や契約の詳細は別紙にし、先方が今回決める内容を見失わないようにします。
次の表は、企業むすび編集部が作成した説明用のモデルです。法的な契約書でも、稟議通過を保証する書式でもありません。
| 項目 | 一枚に書くこと |
|---|---|
| 目的 | 先方のどの仕事・顧客に対し、何を改善または確認するか |
| 今回承認する範囲 | 購入や試験利用の対象、期間、成果物 |
| 選ぶ理由 | 自社の提供内容が目的に合う理由と、比較した代替案 |
| 費用 | 今回の総額、追加費用が発生する条件、支払条件 |
| 双方の作業 | 自社の提供内容と、先方が用意する人・場所・データ |
| 終了後の判断 | 誰が何を確認し、継続・変更・終了を決めるか |
| 未確認の条件 | 確認する項目、相手、時期 |
各項目は、確認済みの事実とこれから確かめる仮説を分けて書きます。期待される成果を、すでに実現した効果のように見せないでください。
モデル:社内マニュアル検索サービスの試験利用
以下は、法人向けのマニュアル検索サービスを試験利用する架空の記入例です。実際の顧客案件、価格、成果を示すものではありません。
今回の目的を「社内の情報検索を改善する」と書くだけでは、対象が広すぎます。「一部署が使う既存マニュアルを対象に、担当者が必要な回答にたどり着けるか確認する」とすれば、次に必要な作業を整理できます。
先方は対象マニュアルと確認する利用者を用意し、ベンチャー側は利用環境と確認結果をまとめる、と役割を分けます。対象外の資料の追加や、他のシステムとの接続は、今回の範囲に含めるか別途協議するかを示します。
終了後に決めるのは、いきなり全社導入ではなく、「対象を広げて検討するか」「追加で確かめることがあるか」「今回で終了するか」です。その判断に必要な利用者の反応や運用上の制約を、試験中に確認します。
この例に記載する費用は、自社が実際に提供する範囲から見積もります。記事のための仮価格を、そのまま適正価格や業界相場として使わないようにしてください。
見積は、金額と作業範囲を一緒に示す
「試験利用一式」とだけ書くと、資料の追加、個別設定、結果報告などが含まれるか分かりません。先方の判断と、受注後の作業の両方を考え、費用が変わる条件を明示します。
見積書そのものの形式は先方に合わせますが、少なくとも次の違いが分かるようにします。
- 初期費用と、利用を続ける場合の費用。
- 標準の提供内容と、追加で依頼する作業。
- 対象人数、対象データ、利用場所などの前提条件。
- 先方の準備が変わった場合の、日程や費用への影響。
- 支払時期、契約期間、終了・更新について確認する条件。
自社で責任を持って決められる条件と、相手と合意する条件は分けます。「契約条件は後で考える」としたまま作業を始めず、費用や納品内容に影響する点を先に整理しましょう。
公正取引委員会と経済産業省の指針でも、技術検証の目的、終了条件、対価、次の段階への移行条件を明確にする考え方が示されています。稟議資料は契約の代わりにはなりませんが、費用を説明する段階から提供範囲をそろえる参考になります。公正取引委員会・経済産業省「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」
契約上の責任、知的財産、データの扱いなどを決める場面は、双方の法務担当者や専門家に確認します。営業資料に書いた約束が、自社の実際の提供能力を超えていないかも見直してください。
費用対効果は、数字より先に前提をそろえる
効果の試算を求められたら、自社に都合のよい数字を置くより、先方の現状を確認します。どの仕事にどれだけの負担があるか、サービス導入後にも残る作業は何かが分からなければ、比較できません。
例えば、作業時間の削減を検討するなら、現在の対象業務の量と所要時間を先方に確認します。導入後の時間は未検証なら仮説として扱い、試験利用で確かめる項目にします。
新規事業の場合は、まだ売上を見込めない段階もあります。そのときは、確実な収益を約束する資料にせず、「この購入・検証によって、どの事業仮説を判断できるか」を示します。
前述のマニュアル検索のモデルなら、検索時間だけでなく、回答が見つからず別の人に聞いた場面や、資料更新の負担も確認できます。削減できる時間と、導入後に追加される運用を分けると、先方が判断しやすくなります。
未確定項目には、確認する相手と時期を付ける
新しい連携では、すべての条件が初回面談で決まるとは限りません。ただし、「後で調整」と書くだけでは、何を待っているのかが見えません。
不明な項目は、未確認であることを明記し、誰に、いつ、何を確認するかを置きます。以下も前述の架空のマニュアル検索のモデルに沿った整理です。
| 未確認のこと | 確認する相手 | 次に確認する内容 |
|---|---|---|
| 対象マニュアルの範囲 | 利用部署 | 試験利用に含める資料を選ぶ |
| 利用環境への接続条件 | 情報システム担当者 | 接続やデータ管理に必要な確認を聞く |
| 今回の費用の負担先 | 商談担当者・利用部署 | 費用を検討する部署と申請時期を確かめる |
| 終了後の判断 | 利用部署の責任者 | 結果を誰と確認し、次の検討へ進むかを決める |
確認する時期は、「試験利用前」「見積確定前」など、作業を始めるための条件と合わせます。未確定項目が先方の回答待ちなら、自社で先に作れる資料と、回答後に決めることを分けておくと進めやすくなります。